18 October
2009

9月中旬から10月中旬にかけてのコンサート日記

このところ、3回溜まったら書いているような状態だな。


[9月18日 大阪フィルハーモニー交響楽団 第431回定期演奏会]

指揮はチェコ出身のヤコブ・フルシャ。同郷の作曲家スークの作品がカラフルにきらめいていて、さすが。これまで、スークって、なんだか単調で退屈な作曲家だという印象があったので、この演奏に触れてちょっと認識を改めた。

アルチュニアンに関しては、独奏者のヘフスさんの想像を絶するトランペットの技巧にただひたすら圧倒されて終わってしまった。化け物だ、これは。その音程の安定具合はなんだ、音色のバリエーションの多さはなんだ、どうやったらそんなに鋭く高速なスタッカートが出せるんだ。

アンコールもあった。オーケストラと一緒に「ホラ・スタッカート」。もとはヴァイオリン向けで、その名のとおり、急速なスタッカートが連続する技巧曲なのだが、それをトランペットで軽々とやってみせる。なんだかもう、聴いていて笑えてきた。

ドヴォルザークは、嬉しいことに第7番。8番や9番に較べて実演機会が少ないので、ライブでは初めて聴く。フルシャさんは、響きを理知的に整理しつつも、音楽が行儀よくなりすぎることもない、そのバランスが非常にいい。ただならぬ才気を感じさせる指揮者だ。


[9月23日 オーケストラ・アンサンブル金沢 大阪定期公演]
大阪定期公演を聴くのは5年連続かな。指揮は、このオーケストラの音楽監督、井上道義さん。
グノーは、9つの管楽器だけの作品。珍しい作品のためか、楽章間で聴衆が拍手してしまったのだが、すると、なぜかそこから指揮者、井上さんのおしゃべりが始まってしまった。
「いやぁ、実は、楽屋で楽団員と賭けをしてたんですよ、今日は楽章の間に拍手があるだろうか、って。」
楽団員は、シンフォニーホールのお客さんは「いい客」だから、拍手はしないだろうといい、井上さんは、「いい客だからこそ」拍手するだろうって賭けたんですってさ。まあ、本当かどうかよくわかんないけど…。
その後は、楽章が終わるごとに聴衆は拍手し、そこから井上さんの短いおしゃべり(曲の解説など)が始まるという不思議な展開に。
コンチェルトの独奏をつとめたヘルマンさんを聴くのは、これで2回目。前回聴いたときは、アナログな揺れのほとんどない、非常に現代的な感触のピアノを弾くひとだという印象を抱いた。今回もやはりそう感じたが、その「感触」が彼女のピアノの魅力としてより定着してきているように聴こえたのが嬉しい。取りようによっては結構無機的な演奏なんだが、それが一種のクールビューティーとでもいうか、独特の乾いた美しさをまとっている。
ジュピター交響曲は、この楽団のただならぬ合奏力をまじまじと感じさせる、圧巻の演奏。部分部分の驚異的な精密さと、音楽全体の流れのよさ、どれをとっても、どこをとってもすごい完成度。途中から、「極東ニッポンの、しかも東京や大阪でもないところのオーケストラが、こんなすごい『モーツァルト』を演奏できるなんて、これは、世界的に(というかヨーロッパ音楽史的に)見たら、とんでもないことがおこっているのではないか?」とまじめに考えてしまった。
アンコールは、メンデルスゾーンの「スケルツォ」。井上さん曰く、「あんまり演奏されない曲です。『真夏の夜の夢』の『スケルツォ』じゃありませんよ」。確かに、初めて聴く曲だった。華やかで、可愛らしい小品。オーケストラ、やっぱりとびっきり上手いなぁ。そして井上さん、面白いなぁ。

[10月12日 イ・ムジチ合奏団 来日公演]
イタリアの老舗室内楽団、イ・ムジチ合奏団は数年に一度は来日しているが、聴きに行くのははじめて。ヴィヴァルディの「四季」の演奏を看板としているのだが、個人的に、バロック音楽には興味が薄いので…。今回足を運ぶ気になったのも、前半の3つが、とっても好きな曲ばかりだったから。この3曲、ヴィヴァルディの作品から100年以上後につくられたものばかり。実は、イ・ムジチ自身も本当はこんな曲がやりたいのか?
演奏は、ひとことでいえば、自由闊達。ギチギチと縦の線をあわせるわけではなく、各々の奏者はのびのびと歌っている。しかし、同時に阿吽の呼吸で演奏者の心は柔らかにつながっており、結果的に全体としてちゃんと「合っている」。
レスピーギ、やっぱりいいなぁ。オーケストラの扱いにかけては超一流の腕を持ちながら、日頃はそのテクニックを悪趣味なまでにギンギンギラギラした作品を生み出すことにばかり使っていた作曲家が、「たまには真面目なものも書いてみるか」と筆を執った作品、という印象。特に第3曲の「シチリエンヌ」、静謐な美しさに心洗われる。
続くプッチーニのスウィートなリリスズムにもしびれたし、ロータの現代的な風味が効いた艶っぽい美しさも堪能できた。
ヴィヴァルディに関しては、独奏者(アントニオ・サルヴァトーレ)が随所で即興的な装飾音を入れるのにちょっとびっくり。弾き崩しも結構なもので、音の長さを変えたり、ポルタメント(音のずりあげ、ずりさげ)したりということも多数。ただ、そのように聴き慣れない部分を有しながらも、最近の「四季」の演奏で流行りの、キンキンと尖ったアヴァンギャルドな演奏にいくのではなく、あくまで柔らかく、丸みを帯びた音楽なのが、この合奏団の人気の所以か。
アンコールはたっぷり4曲。2曲目に演奏されたのは、なんと「赤とんぼ」。チェロで朗々と歌われる懐かしい旋律に、「あざといなー」と思いつつも、うるうる来てしまう。音楽というものの原点についてしみじみ考えてしまった。
ちなみに他は、ヴィヴァルディのシンフォニア(ト長調)と、ロッシーニのボレロ、ヴィヴァルディの弦楽のための協奏曲。ロッシーニでの活き活きとした演奏もよかった。やはり、ロッシーニやプッチーニは、イタリア人にとっての「赤とんぼ」なのか?


Posted by horita at 13:43 | Comments (0) | Trackbacks (0)
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