フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団
現役の指揮者とオーケストラのコンビで一番好きなのは誰ですか、と問われたら、迷うことなくこう答える。「フェドセーエフとモスクワ放送交響楽団」。
度々来日してくれるこのコンビだが(3年前も行っている)、今年はシンフォニーホールで2日間にわたって、オール・ロシアの演奏会をするという。これは、なにを措いても行かねば。
[1日目]
- ボロディン 交響詩「中央アジアの草原にて」
- ボロディン 歌劇「イーゴリ公」序曲・「だったん人の踊り」
- チャイコフスキー 交響曲第5番
最初の「中央アジア」から、フェドセーエフの美点が全開。この指揮者は、音楽の各パート間、各旋律間を非常にデリケートに繋いでいく手腕が素晴らしい。そして、その「繋ぎ」のこだわりは、決して音楽が始まってから終わるまでの間だけではなく、音楽が始まる前の静寂から音楽の開始まで、音楽が終わってから再び静寂に戻るまで、にまで徹底しているのだということが、前半に演奏されたボロディンを聴いていてとてもよくわかった。
なにもなく、ただ茫漠と広い「中央アジアの草原」に小さな風が起こり、そこから壮大な物語がゆっくり、ゆっくりと広がってゆく。そしてまた、なにもなかったかのように全ては無に戻ってゆく。
「イーゴリ公」からの2曲も、深いぬくもりを感じさせる、やわらかい肌触りがたまらない。
後半は、もはや彼らにとっては「十八番」どころではない、これまで何百回も演奏してきたのではないかという「交響曲第5番」。
感情が無限のグラデーションをなしながら、一貫して柔らかく流れていく。だがそれは、いわゆる表層的な「感傷」というのとは違う。これみよがしの媚態とも違う。成熟した人間の寛容さ、共感、おちつき、そういったものが、音楽の奥行きとなって聴こえてくるのだ。
センチメンタルではない。しかし、クールでもドライでもない、というこの肌触りが、このコンビを私が大好きな理由だ。
最終楽章の最後まで、しなかやかさを失うことなく、音楽が膨らんでいった。もちろん、ロシアの楽団らしい色彩感、重量感も充分に振りまきながら。やり慣れた曲を、惰性とすることなく、そのやり慣れていることをむしろプラスにしてアグレッシブに演奏していく姿勢にも感激した。
アンコールは、チャイコフスキーの「四季」から、「4月『松雪草』」。始まった途端、すこしびっくり。
「あれ、ガウク版じゃないぞ」。
「四季」はピアノ曲集なので、オーケストラ演奏するときは編曲版を使うのだけれど、普通は、アレクサンドル・ガウクという一昔前のロシアの指揮者が編曲したものを使う。何年か前にフェドセーエフが来日したときも、プログラムの中に入っていて、その版を使っていた。しかし、今回はぜんぜん聴いたことのないアレンジだ。弦楽器の歌が中心にすえられていて、透明でサラサラしている。なんとも心が洗われるような美しさに、息を呑んだ。(終演後の掲示によると、ムスタファエフというひとの編曲らしい:[追記]聞いたことない名前だと思ったら、どうやら楽団のチェリストのようだ)
アンコール2曲目はチャイコフスキーの歌劇「雪娘」から。ちょっと珍しい曲で、うれしい。
演奏会が終わったあとは、楽屋口に並んで、フェドセーエフのサインをもらってきた。1991年のフランクフルト・ライブのDVDを差し出して、
「大好きなDVDなんで、家から持ってきました!」
と言ったら、ジャケット写真を見ながら、
「(ジャケに写っている自分が)若い、若い…」
と笑っておられた(…らしい。ロシア語なので、近くにいた通訳さんをとおしてお話させてもらった)。
ありがとうございました! 大切にします。
[2日目]
- チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」
- チャイコフスキー 交響曲第4番
「白鳥」は、いわゆる組曲版ではなくて、フェドセーエフのオリジナル・セレクト。
- 導入曲
- グランド・ワルツ
- パ・ド・トロワ
- パ・ダクシオン
- 白鳥たちの踊り
- 四羽の白鳥たちの踊り
- マズルカ
- フィナーレ
「白鳥」を代表する「情景」が敢えて省略されている。もっとも、その旋律はすこし変形されてフィナーレに出てくるけれども。
こういう曲をやると、フェドセーエフとモスクワ放送交響楽団は本当に上手い。このコンビは、何十年も前に「白鳥の湖」の全曲を録音していて、それも素晴らしい。だけれども、最近になって、彼らの音楽は非常に「静か」になってきているのを感じる。それは、ダイナミックさが失われているという意味ではなく、そのエネルギーが、外向きな音楽的効果よりは、内なるものへの深まりに向けられてきているということだ。音楽は、表面的には非常な穏やかさを湛える一方で、奥行き方向には、より大きく、深遠さを増している。そのような世界を、「白鳥の湖」というバレエ音楽を通して存分に展開できるのが、彼らのすごいところだと思う。
交響曲第4番も、ゴリゴリと力で押すのではなく、包容力のようなものすら感じさせるスケールの大きさ。エネルギッシュだが力みはなく、流麗だが媚びはない。
この日のアンコールは、チャイコフスキーの「四季」から「10月『秋の歌』」と、「白鳥の湖」から「スペインの踊り」。
特に後者では、打楽器陣が大音量で大疾走。胸をすくような華やかさで、私にとって夢のような2日間は幕を閉じましたとさ。
約3年毎に来日していることを考えると、次に日本に来るときには、フェドセーエフは80歳を超えてしまう可能性が高い。いつまでも、お元気でいてください。楽しみにしています。




