エルガー 「愛の挨拶」
急に気が変わったため、予告とは全然違う曲を取り上げるのであしからず。
「愛する人に音楽の贈り物をする」という話は、“よくあること”なのかどうかはよくわからないが、“よく聞くこと”ではある。音楽というものが、心を有効に伝えるためのメディアという側面を持つのは確かなので、誰かを愛したときに、その思いを届けるために音楽の力を借りるというのは、腕に覚えのある方々にとってはとても自然なやりかたなのかもしれない。もっとも、成功・不成功の差が激しく、一般的にはお薦めできない手段だとも思うけども。
イギリスに、エルガーという作曲家がいた。イギリス第2の国歌とまで言われる「威風堂々」などを残した国民的作曲家だ。このお方が、恋人に「婚約記念」として贈った、その名も「愛の挨拶」という作品がある。とても愛らしい小品で、私はクラシック音楽を聴き始めた当初から大好きだ。
愛する人との婚約を祝して、というシチュエーションだけでも充分「ごちそうさま」というかんじだが、実はその婚約は、「女性の方が8歳も年上」「宗教が違う」「身分が違う」という理由からくる親族の猛反対を押し切ってのものだったのだそうな。恋人に捧げた甘い旋律の裏には、そういった万難を乗り越えた作曲家のいろんな思いが詰まっているわけだ。なんだか、ここまでくると少女漫画か韓国ドラマのようなお膳立て。
当初エルガーが婚約者に贈った「愛の挨拶 (Salut d'amour)」は、婚約者がもとは彼のピアノの生徒だったということもあってか、ピアノ・ソロ曲だった。しかし、後に作曲家自身の手によって「ヴァイオリンとピアノ向け」「小編成オーケストラ向け」と編曲され、今ではその中でも「ヴァイオリンとピアノ」のヴァージョンがもっともよく演奏されている。
今回は、そんな「愛の挨拶」を様々な演奏で聴き比べて、世の中にはどんな「愛の形」があるのか覗いてみようかと。
まずは、アン・アキコ・マイヤースさんのアンコール集から聴いてみよう。
Get the Flash Player to see this player. | アン・アキコ・マイヤース (1993年) |
音と音の間を極端なレガートで…というかもうポルタメントのようにして繋げることで、旋律に「なまめかしい」とさえ感じさせるような曲線美を与えている。乙女チックというにはやや色っぽく、ちょっとオトナの風味。もっとも、オトナといっても20代半ばから30代前半くらいの健康的な色気かな。
ちょっとおめかしして、夜景の見えるレストランで恋人とワインを飲むのが楽しい、そんな「愛」ってとこかしらん。
続いて、韓国の名手、チョン・キョンファ(鄭京和)さんに耳を傾けてみる。
Get the Flash Player to see this player. | チョン・キョンファ (1985年) |
なんとも柔らかい肌触り。夢見るように、ふわり、ふわりと音を置いていく様子が気持ちいい。この、「愛」への喜びと期待が大きく息づいているのを感じさせる演奏は、「愛の挨拶」の“乙女チックな側面”をとてもよく引き出している。しかも同時に、きっちりとした節度を保っているのが好印象で、なんというか、中高生くらいの育ちのいいお嬢さんが「恋に恋してる」雰囲気を思い起こさせる。(私の勝手な想像)
いつも通学途中に会う、一学年上の先輩にほのかな恋心を寄せるのだけれど、後から大人になって考えてみると、それには「恋」というもの自体への憧れも入り混じった感情で…っていう青春の一頁。そんな「愛」という見積もりでいかがでしょ。
次は、五嶋みどりさんのヴァイオリン。
Get the Flash Player to see this player. | 五嶋みどり (1992年) |
ひとつひとつの音の扱いがとっても丁寧で、折り目正しい。上品で、落ち着いていて…ひとことであらわすならば「ノーブル」といったところか。聴いていると、とても深い懐に抱かれているような優しい心持ちになるとともに、やがてその高潔さに心打たれて背筋がのびる。
すでにこれは、「誰かひとりへの愛」を超えて、「博愛」とか「人類愛」とかいうレベルの「愛」を歌っているように、私には聞こえる。献身的な慈善家や、徳の高い神父さんがみせる笑顔のような、誇り高き美しさ。ああ、愛のスケールにもいろいろだ。
では、当代きっての人気ヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンの「愛の挨拶」はいかに。
Get the Flash Player to see this player. | イツァーク・パールマン (1992年) |
あれ? ニ長調に移調している(原曲はホ長調)。意図は不明。自分の得意な音域に移したのかな?
理由はさておき、この移調によってかなり音楽の印象がかわっているのは事実。すべての音が全音落ちたことにより、甘く陶酔した雰囲気よりは、あたたかく、懐かしいものをかんじさせる雰囲気なっているように思う。ねばっこいビブラートが、ちょっと古風な印象をあたえるのも関係しているかもしれない。セピア色をした、思い出の中の「愛」といったところか。
戦後すぐの田舎の中学校。野球部の少年が、最近東京から転校してきた美しい少女に恋をする。グラウンドで練習していると、少女が弾くピアノの音が音楽室から聴こえてくる。ふと校舎を見上げると、窓から見える彼女の横顔。その横顔を見られるのが、彼の毎日のひそかな楽しみになる。しかしすぐに彼女はまた転校することになり…(あとのストーリーは各自好きに補って頂戴)…みたいな青春映画の挿入曲にしたい。なんだか、この演奏には木造校舎が似合う気がする。(すみません、妄想が過ぎましたか)
さて、1922年生まれ、録音時点で63歳のイヴリー・ギトリスさんが愛を語るとどうなるか。
Get the Flash Player to see this player. | イヴリー・ギトリス (1985年) |
うわずったような独特の音色で、予測不能なテンポ、予測不能な節回し。ピアニストと合わせる気まったくなし。畸形な愛が自分の中だけで支離滅裂にはじけている。マイペースな愛、ひとりよがりな愛、を通り越して、ほぼ「ヘンタイ」の領域に達しているんじゃなかろうか。エルガーの婚約者がこの演奏を聴かされたら、果たしてこのまま結婚してもいいものかと考え直していたかもしれない。
マッドサイエンティストが、一方的に熱愛する女性を心に浮かべながら、地下の研究室で「愛の挨拶」を演奏したら、こんな演奏になるんじゃなかろうか。とにかく、聴けば聴くほど、なんだかこの「愛」、コワイ。(すみません、ギトリスさん)
最後に、オーケストラ版の「愛の挨拶」も聴いておこう。独奏は、井川遥系の美人ヴァイオリニスト、奥村愛さん。
Get the Flash Player to see this player. | 奥村愛 [本名徹次 指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢](2006年) |
ああ、なんて爽やかな美しさなんだろう。控えめなオーケストラの響きをバックにして、まっすぐに歌うヴァイオリンがキュートだ。素直で、屈託がなくて、希望に満ち溢れている。
例えるならば、若い新婚さんの現在進行形の「愛」だろうか。奥さんの大きなお腹をそっとさすりながら、シアワセいっぱいの笑顔をうかべて将来についてふたりで語り合う場面などが似合いそう。
はい、以上、




