今年度もよろしくお願いいたします
昨年度2月の大阪フィルの定期演奏会を首の怪我でキャンセルした音楽監督・大植英次氏が帰ってきた。
そのためか、舞台上でのお辞儀がいつもより妙に念入り。お待たせしました、ということなのかな。
新年度の大フィル最初の定期演奏会はロシア・ソ連系人気曲をふたつ揃えてきた。それにしても、どうも今年度の定期のプログラムは(特に大植氏の指揮の回で)かなりロマンチックな楽曲が多いように思う。ラフマニノフを今月と12月に取り上げるほか(しかも12月は交響曲第2番だ)、フォーレのレクイエムとか、ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーとか。なにか意図があるのかもしれない。
- ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 (独奏:オレグ・マイセンベルク)
- ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番
これまでロシア音楽が好きでいろいろ感じてきた個人的な印象を言えば、ラフマニノフの音楽というのは、しばしば、安易に演奏すると「歌のない歌謡曲」みたいになってしまう部分がある。安直なメロディやスットコドッコイなリズムが突然前に出てきて、聴いていてシラけてしまうのだ。
その「安直なメロディ」の最たるものがピアノ協奏曲第3番の冒頭主題なんじゃなかろうか。親しみやすく覚えやすいメロディと言えなくもないが、なんだか聴くほうが恥ずかしくなってしまう。
ところが、マイセンベルク氏は絶妙な音色のコントロールで、そのメロディをとても繊細な表現に乗せて聴かせてくれた。かそけき弱音からそっと入って、甘い夢を絹のように柔らかな肌触りで綴ってゆく。心が自然に惹きつけられていってしまう。おお、いいですね。なるほど、こういう音楽だったのですね。
その後も、極上にスゥイートな歌と、ダイナミックなエネルギーの放出をメリハリ効かせて繰り出し、聴き手の耳を離さない。ラフマニノフの作品だからといってメカニックなテクニックを誇示するのではなく、こころもち遅めのテンポでじっくりと音楽を語るのがとっても心地いい。
大植指揮の大フィルも非の打ち所のない伴奏を聴かせていた。ふんわりとカラフルに纏まったバランスのいい音響でピアノを優しく包み込む。ピアニストの語り口とピッタリだ。曲が進むにしたがってマイセンベルク氏もどんどんノってきて、終楽章後半ではバタバタと足を踏み鳴らしながらスケールの大きなフィナーレを構築していた。前の方の席から表情を見ていると、最後はかなり疲れているかんじだったけど、演奏は見事。
アンコールは、舞台上でマイセンベルク氏が客席に向かって親指と人差し指で「ちょっとだけね」とゼスチャーを見せた後、スクリャービンの小品をひとつ。点描画のような独特の響きが神秘的で、なにか異次元に誘い込まれるような気分だった。これもお見事。
コンサート後半は、ショスタコーヴィチの定番。
最近の大植&大フィルらしい、美しい弱音とエネルギッシュな推進力が魅力一杯に詰まった姿のいいショスタコーヴィチだった。この作曲家らしい屈折した感情は殆ど感じられないので、コアなショスタコ・ファンは首をひねりそうだが、数ある演奏のなかには、こんなふうにストレートでプチ・ロマンチックなアプローチのものがあってもいいじゃない、と私は思う。演奏家によっては調子はずれでグロテスクにさえ響く第二楽章も、どちらかといえばユーモラスに聴こえるようにまとめられていたように感じた。見せ場の終楽章も、ギクシャクせずに真っ直ぐに音楽を進めて、きわめて爽快。こういうのも、この曲の大切な一面だよね。
「やはり今年度の大フィルのテーマは“ロマンチック”なのか?」と感じさせる両曲の演奏だった。ますます楽しみになってまいりました。大植氏&大フィルさん、本年度もよろしくおねがいします。




